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戦争未亡人達の中でただ独り股を開かなかった母が最後に選んだ巨大な陰茎を持つ妻子ある男と性の喜びに浸っていた大人の性交渉を見た幼少の記憶

この記事の所要時間: 57

この文は、私が初めて見た性行為の様子を書いたものである。

私は、9歳で性行為の何たるやを知らず、目の前で母が男と交わった様子を見ていたのに、しばらくするとその事すら忘れていた。

それが59歳になって、その時見た様子が突然鮮やかによみがえった姿を纏めてみたものである。

性行為について、私は母が持っていた月刊誌で、大人の男と女の間には凄く良いものがあるらしいということは知っていた。
しかし、それが何かは知らなかった。

どうして、男と女が夢中になるのかなど、知る由もなかった。そんな中で見たことである。

書き終わってみて、その様子をよく記憶しているものだと思う。

終戦になり、父が戦死したことが分かると、たくさんの男たちが美しい母との性の交渉を持ちたがって擦り寄ってきた。

私の周りでは、性交渉を「まんじゅう」と言っていた。

はるか年上の男達から、一度だけでも良いから母と「まんじゅう」をしたい、させてくれと言ってからかわれる事が屡々あった。

戦争未亡人達が次々に男の腕になだれて抱かれていく中で、ただ独り、母はさせてくれない女であったのだった。

特に、男達の誘いに乗らないで頑張ろうと申し合わせていた未亡人達が、足を開いて抱かれてしまうことを残念がっていた。

膝を開いて受け入れたらしいと言う表現で祖母と話して、子供の幸せよりも自分の快楽の道を選択したと悔しがっていた。

 

そうした餓えた男達が、私達、子供をも巻き込んで、あの手この手の激しい誘惑が毎日繰り返し続く中で、1950年になって最後に母が選んだのは、同じ職場の中川という妻子ある男であった。

母は、私達が傍で見ている状況のままで、その男と初めてのセックスをした。

中川の優しいセックステクニックが母を夢中にさせ、巨大な陰茎が忘我の喜びに導き、愉悦に浸らせていたのであると思う。

それ故に最初の時を、母は私達子供を忘れて、ありのままを見せることになってしまったのである。

その時、私達の事も全て忘れて性の喜びに浸り没入していた。

 

今考えると、私は母がしているその事の意味するものが分からないままに、ひたすら見ていたのである。

眼前で母の秘毛で被われた秘部が、中川の陰茎によって次第に押し開かれて、限界まで開いた小陰唇が亀頭をくわえ込むような感じで含んで赤く膨れきると、母は待ちかねていた物をついに得た喜びで、「あぁ、うーーーん。」と、大きな呻き声を上げた。

一旦、力が抜けてから力の入った声に変わった。

すると、押し開らかれていた筈の母の秘部は、その陰茎を逆に飲み込み始め、くねくねという感じで腰をふるわせた。

膣の口に亀頭だけを填めた形で、すぐに奥まで入れようとしない中川に、更に誘うように腰を振るわせながら持ち上げて、何度も喘ぎながら、「ねぇ。もっと奥まで入れて。」と、声にならない掠れたような低い声で、中川にせがみ、「あーーーぁ」と悶えながら、後ろの中川の姿をうっすらと開けた目で何度も振り返って見上げていた。

 

毛に覆われた根元まで飲み込んでいき、陰茎の全てを身体の奥深くまで受け入れた時、大きく「うーーーーん、入れてしまったのね。私。」と呻き、中川に嬉しさを訴えて、
切なさそうに「あーーぁ、うーーん。」と、長い呻き声を上げた。

中川が、母の尻に固く抱きついていた力を緩めて陰茎を引き抜いていくと、きつく絞めていたらしい膣と、小陰唇の内側の肉が捲れて、引き出され赤く見えていた。

母は、中川の動きを感じて、受け入れた陰茎を抜かれまいとして更に腰を上げ、反り返りながら「抜かないで。」と甘え声で哀願していた。

 

子供が、傍にいることさえも忘れた素振りで、中川の陰茎を根元まで受け入れて押し寄せる感覚に夢中になってしまっている母の様は、今まで見たことのない母の姿であり
全てが美しく思えた。

男達からの露わな性交の誘いを気に留めず、堪え続けていた母が中川の逞しい陰茎を見て、堪えようとした心の堰が外れて性交の欲望が噴出して、自分から中川の胸に飛び込んで行ったとき、全てが始まったのである。

 

この時の私は9歳であったので、性の欲望を持つ前の純真な時期の私であったので、目の前の行為を目をそらすことなく目撃する事が出来た。

母に対する中川の扱いは、いたわりと優しさに満ちた性交渉であり、大人になって考えてもなお感動ものであった。

この後、完全に忘れていたが、感動だけは残っていたようである。

だから、何故その様な記憶があるのかと不思議に思っていた。

 

中川は、全ての動作を母が父が出征した日以来、5年振りに味わう性の快感を思い起こさせ、味わい尽くさせようとするかの様に優しさに満ちていた。

私自身、人間の性行為というものを見たのは、川尻の海岸で母が中川と交わる姿を見たのが始めてである。

すぐ目の前であったし、行為が進むに連れて引き寄せられるように近づいたこともあって、海岸の潮騒以外は音がない静寂の中で、喘ぎを含む会話や、性器が擦れ合う微妙な音も、膣から引き出す陰茎の水が切れる音も全て聞こえており、

性行為の進展につれて母が中川の愛撫の全てを受け入れて反応し、自分から股を開いて中川の肉体を受け入れ易くしていく様子の全てを見ていた訳で、
その後になって学校で豚の交尾が行われたり、他の子供達が犬や豚など動物の交尾を見て興奮するのにも私は冷静で反応しなかった。

 

口に出して言うことはなかったが、人間の陰茎はもっと逞しく、性交渉では男性はもっと優しさに満ちて、女性の喜びも遙かに凄いものだと思っていた。

荒々しいだけで終わる、犬や豚など動物のものと比べられるかと思って、動物の交尾くらいで興奮する同級生達が浅ましく見えた。

しかし、この時は母と中川が目の前で見せてくれた性行為の所為であることは、忘れていて思い出すことはなかった。

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