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引く手あまたな母に捨てられた反動で父が実の娘である十五歳で高校一年生の私を犯した罪と身代わり

この記事の所要時間: 516

アレは以前、私が小学生になったばかりの頃だ。

何か怖いホラー映画を見て怖くて眠れなくなった時、優しい父は私と一緒に寝てくれた。

私は、そんな父が大好きで父をじっと抱きしめていた。

(これはあの時の続きかな)

怖くて泣いている私が、父を抱きしめている。

状況はまるで違うが、私が受けた印象はいまはあの時と同じだった。

現実逃避しか、この状況から自分の心を守るしかなかった私は、いっそう父を強く抱きしめてしまった。

「お父さん。お父さん」

何時しか、呟くのは父のことだけ。

そんな私を父は「明嘉」と母の名前を呟きながら、股間をたたきつけてくる。

そして、ついに父は私の中で射精した。

父は、かつて母に同じように精液を注ぎ込み、母の胎内へ私を妊娠させたのだろう。

そう考えてみると、私の中に注ぎ込まれた父の精子は私の弟や妹になるのかも知れない。

いや、あるいはかつての私自身だろうか?

 

父は射精した後もしばらくの間、ゆっくりだが腰を動かしていた。

吐き出された精液を一滴も残さず私に注ぎ込んできた。

こうして、父によって私の膣内には父が吐き出した私の弟妹、あるいは私自身とも言える存在が泳ぎ回ることになった。

いま考えてみると奇妙な気持ちだ。

そして、父が私の唇を貪るようにキスして来た時、私は抵抗することなく受け入れる。

私はこれで処女に続いてファーストキスまで父に奪われてしまった。

しばらくして体を離した父は、今度はバックから私を貫いてきた。

「お父さん、そこは」

まだ二度目の私はオーガニズムなど感じるわけがないが、ただその時にはもはや父に抱かれることへの抵抗はなくなっていた。

父の責めを黙って受け入れるだけだ。

 

父の方も何時の間にか、母の名前を呼ぶこともなくなっている。

「出るぞ」

父がそう言ってビクリと体を震わせ、私の中で二度目の射精をした。

母と離婚してから、父には特定のパートナーらしき女性はほとんどいなかった。

はけ口が欲しければ、そういった店に行って吐き出していたようだが、私の養育費で多くは無い収入を使い果たす父にはそんな店にそうそういけるわけがない。

結局のところ、自分ひとりで解消していたのだろう。

そんな状況に、寂寥感を父が感じていたとしても不思議は無いと思う。

いまの父は、その長年の不満を娘である私の若い体でひたすら吐き出しているようだった。

バックから吐き出した後は、今度はちゃんこスタイルで責めてきた。

「動け」

父がそう言うと、私は父の言うままペニスをくわえ込んだままで、体を上下に動かし父のペニスを私の膣で愛撫する。

そうやって何度となく私の膣内で父は精液を注ぎ込む父。

その時は、妊娠の危険性なんて少しも考えている様子はない。

ただ夢中になって私の体を貪っている。

 

「お父さん、駄目だから」

私もこの時点になると、お父さんと駄目の二つの単語を繰り返し言うだけで、父に合わせて自ら腰を振るまで状況に順応していた。

いまの姿を誰かが目撃しても親子なんて誰も思わないでしょう。

そこに繰り広げられたのは親子の営みではなく、中年男と十代の少女のいまどき珍しくもない性の営みだった。

そうやって父は夜通しかけて私の膣から溢れろとばかりに精液を注ぎ込んでいく。

私は快楽は相変わらず感じなかったが、三度目以上になるとさすがに痛みは感じなくなっていた。

ただ、股に何か入り込んむような違和感は最後までなくならなかった。

全てが終って精魂果てたように父は荒い息をつき眠りにつくと、私も疲れ果てて眠ってしまった。

 

あくる日に自分がやったことに呆然としている父は、同じように呆然としている私に言ったことは、昨日、自分がガンの告知を受けたことだった。

あと三ヶ月から四ヶ月の命らしい。

そのことを話した後で父は私を産婦人科に連れて行き、膣内洗浄を受けさせてくれた。

昨日は、この前の生理から十日余り経っている時で、間違いなく危険日だったからです。

 

あの時の私の体を気遣ってくれた姿は、間違いなく昨夜とは違う私の知っている何時もの父だった。

しかし、その晩も父は私を求めてきた。

私もこうなると抵抗することは出来ず、父を受け入れるしかなかった。

すぐに夏休みに入ったこともあり、私と父は毎日のようにセックスに明け暮れた。

私は父にアナルの処女まで奪われ、フェラチオに父の精液を飲み下すことまで教えられた。

そうやって経験豊かな中年男性に性を教えられることになったが、それも三ヶ月ほどで終えることになった。

父が倒れて入院し、その一週間後にガンで亡くなったからだ。

 

亡くなる前に「ごめん」父が私に謝っていたな。

私は父が亡くなると悲しかったが、毎日繰り返される近親相姦がこれで永遠に終ると解放感も感じていた。

父にとって、死ぬまでの最後の時間は私は自分を裏切った母の身代わりだったかも知れない。

そう思わないと、やりきれない気持ちだったのでしょう。

裏切られても父は母を愛していたのです。

でも、私は母ではない。

せめて、一人の女性として私を見て欲しかった。

 

その後のことは、全て祖父後がやってくれた。

父と暮らした家は売り払い、それで残っていた住宅ローンなどを解消した。

自宅の売却益はローン解消でほとんど残らなかったが、まだ父の保険金が六千万ほどあったのでそれが私の手元に残った。

祖父母の好意で、そのお金にはほとんど手をつけることなく高校を卒業し、いまはアルバイトで生活費と学費を稼ぎながら大学に通っています。

しかし、いまだに私はあの父との性交渉以外に経験はありません。

男性に誘われることは、幾らでもあるのですが、その全てを私が拒否しているからです。

あんな経験をしたおかげで、性交渉には非常に臆病になっているからだと思います。

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